マスコミ

友だちのような存在を目指して。わたしという「人間」をさらけ出し、聴く人のそばに寄り添って、ポジティブな声を届けたい。

ラジオパーソナリティ 熊谷 光紗 (くまがい みさ)

Profile
1983年 北海道・札幌市出身。FMアップルで高校生ラジオパーソナリティとしてデビュー。藤女子大学在学中にはFMアップルに加え、「AIR-G’」「FMドラマシティ」などでも番組を担当。大学卒業後に上京し、TBSラジオに「TBS954情報キャスター」として就職。「安住紳一郎の日曜天国」などにレポーターとして出演。TBSラジオに約2年間勤務した後、フリーランスのラジオパーソナリティとして活動開始。2011年からRADIO BERRYにて栃木県・さくら市の広報番組「SA・KU・RA FM」を担当。2018年4月〜6月までインターネットラジオ「ソラトニワ原宿」にて3時間の生放送番組を担当。

あなたには、お気に入りのラジオ番組はありますか?毎回、楽しみにしている番組には、企画の面白さはもちろんですが、パーソナリティの「声」を聴きたいという理由が多分にあるような気がします。ラジオパーソナリティとして活動されている熊谷光紗さんは、高校生の時に、地元・札幌でラジオパーソナリティデビューを果たし、その後、TBSラジオで情報キャスターをつとめ、さらにはRADIO BERRYにて栃木県さくら市の広報番組などを担当。ラジオを通して、街や人の魅力を引き出し、届け続けています。彼女の優しくて、あたたかな声を聴くと、自然とほっとした気持ちになるのは不思議です。今回、熊谷さんに、ラジオパーソナリティとしてのエピソードと仕事に対するこだわりなどをお聞きしました。

 

 

“内気だった私が、授業で「声」を褒められたことで、自信を持てるようになりました。”

―熊谷さんは、どんなお子さんだったのですか?

小学生の頃は、人前で発言するのがとにかく苦手でした。授業で発表する時も、声が小さくて、クラスメイトに「聞こえませーん!」とからかわれたりして、どんどん自信をなくしてしまって……。たぶん、私が今、ラジオパーソナリティをやっていると小学生時代の友だちが知ったら驚くと思います(笑)。

―内向的な子どもだった熊谷さんが、どのようなキッカケからラジオパーソナリティに興味を持つのでしょうか?

木村拓哉さんの大ファンで、私は札幌に住んでいたのですが、SMAPが札幌にコンサートで来る時は必ず行っていましたし、ファンクラブにも入っていました。つまらなかった小学生時代の唯一の救いになっていたんです。キムタクが好き過ぎて、母に「どうしたらキムタクに近づけるかな?」と聞いたら、マスコミの仕事に就けばいいんじゃないかなとアドバイスしてくれたんです。それでマスコミについて図書館で調べていると、ラジオパーソナリティという仕事があることを知りました。私、ラジオ番組も大好きだったので、その職業にとても惹かれていきました。

―キムタクが原点なのですね?

そうですね(笑)。あと、中学生の時に先生から声を褒められたのも大きかったです。私、とくに取り柄はないし自信もない子どもだったので人から褒められたことがほとんどなかったんです。でも、技術家庭科の授業で、教科書を音読したら、先生が「熊谷さんいい声だね。もうちょっと読んでみようか」と褒めてくれて、本当に嬉しかったんですよね。その出来事もラジオパーソナリティを志すようになる、ひとつの体験と言えると思います。

 

“高校・大学では、地元ラジオ番組のパーソナリティに。ラジオだけでなく、いろいろな経験をして、人間性を磨く大切さを感じました。”

―中高生の頃はどんな活動をされていましたか?

中学では友だち4人とラジオ番組ごっこをしていました(笑)。恥ずかしいですけど「熊谷光紗のプリティーレディオ」というタイトルで、カセットに録音して、誰に聴かせるでもなく友だち同士で楽しんでいましたね(笑)。この頃には、性格も徐々に明るくなっていったと思います。

そして、高校ではFMアップルにて、初めてラジオパーソナリティの経験をすることに。「どさんこワイド」という地元の情報番組で高校生リポーターを募集していたのを母が観ていて、なんとなく応募したら受かってしまって。そのリポーター自体は数回程度の出演だったのですが、番組MCから将来の夢を聞かれることがあって、「ラジオパーソナリティになりたいです!」と答えたら、それをたまたまみていた関係者の方が「これから高校生でラジオ番組を作るからやってみない?」と声を掛けてくださって、ラジオパーソナリティを任されることになったんです。

―すごいですね。その番組ではどんなことをされたのですか?

「落書きHighSchoolメイツ」という番組だったのですが、北海道の高校生何人かが、毎回、テーマにもとづいて議論するといった趣旨でした。その番組は、パーソナリティだけでなく、企画もディレクションも、音楽セレクトもミキサーも全部、高校生がやるんです。放課後にカフェでメンバーと集まって「来週どうしようか?」と企画会議のようなことをしょっちゅうしていて、すごく楽しかったです。でも一方で、地方番組とはいえ、公共の電波にのせて、自分の意見を伝えることの重みというか、責任も感じました。ただのおしゃべりではダメなんだなと……。

―高校でそのような経験ができたのは貴重ですね。大学でもラジオパーソナリティはされていたのでしょうか?

大学に入ってすぐに、JFN系列の「AIR-G’」という北海道では大規模のラジオ局の、5分間番組に大学生ラジオパーソナリティとして採用していただきました。でもその番組は大学1年生の冬に終わってしまって、初めて虚無感におそわれたんです。今までは「私にはラジオがある!」という誇りというか自信みたいなものがあったのに、私の一番のアイデンティティが失われてしまった気がして……。でもディレクターの方に「いろんな経験をした方が良いよ」と言われたのが心に響いて、大学時代は、バイトや芝居、フリーペーパーの制作、そして恋愛など、とにかくたくさんのことに打ち込みました。

“上京後、友人の一言から、ラジオパーソナリティになるために、本気で動くようになりました。”

―大学卒業後の進路について教えてください。

東京に出るのですが、フリーペーパーを制作している企業に、広告営業として就職しました。上京前に、ウィークリーマンションの会社が、夢についての作文を募集していて、それにラジオパーソナリティへの想いを書いて応募したら入賞したんです。賞金は、1年間の家賃と光熱費が無料になるというものでした。

初めての東京、初めての一人暮らしということもあって、環境に慣れてからラジオパーソナリティになるために努力すればいいかなと思っていたのですが、家賃がかからずに住んでいることをバンド活動をしている友だちに話したら、「俺たちは時間もお金もないけど、夢を追いかけるためにがむしゃらに動いている。あなたはそんな贅沢な環境に居るのになぜ動かないの?」と怒られてしまって……。それを聞いて、私「本当の夢なら、すぐに行動しなきゃダメだ」と目が覚めたんです。

 

“TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」の中継リポーターを担当。たった5分のコーナーにかけるスタッフのプロ意識に感化されました。”

―そこから本格的に熊谷さんのラジオパーソナリティ人生がスタートするのですね。

はい。とにかくいろんなラジオ局の採用情報をチェックし、最終的にTBSラジオに採用されました。「TBS954情報キャスター」という職種で、この仕事は簡単に言うと中継リポーター。自分で社用車を運転して、電波を出して、中継したり交通情報を伝えたりします。

―どんな番組を担当されていたんですか?

「安住紳一郎の日曜天国」という2時間番組の中の「おでかけリサーチ」というコーナーでリポーターをつとめさせていただきました。5分のミニコーナーだったのですが、スタッフのみなさんは、そのたった5分のために、何回も会議を開いてくれて、企画を練って、私にダメ出しもしてくれて、さらには反省会までしてくれる。プロ意識の高さに驚きましたし、みんな誇りを持って「日曜天国」を作っていることが伝わってきて、その中に、私も参加しているのが嬉しくて仕方なかったです。

―TBSラジオは何年勤められたのですか?

2年3ヶ月ですね。とてもやりがいはあって充実していたのですが、一方で、中継リポーターという職種の限界も感じていました。私の夢はあくまで、自分の番組を持ち、メインパーソナリティをつとめることでしたから。TBSラジオを退職してからは、フリーランスとして活動を始めるのですが、なかなか思うようにいかず、ラジオパーソナリティの仕事はほとんどいただけず、司会業やアルバイトなどで食いつないでいました。それが25歳から2年間くらい続きました。

“「SA・KU・RA FM」で、栃木県さくら市が、私の第二の故郷になりました。”

―その後、転機は訪れるのですか?

27歳の時に、ラジオパーソナリティの募集を探していたら、RADIO BERRYで栃木県さくら市の広報番組「SA・KU・RA FM」が新たに始まるということで、その番組のパーソナリティの求人が出ていたんです。縁もゆかりもない土地だったのですが、「やりたい!」と直感が働きました。TBSラジオ時代に中継リポーターをやっていた経験も活きて、その番組のパーソナリティに抜擢していただくことができました。

―「SA・KU・RA FM」はどのような番組だったのですか?

地元で働く人やお店を紹介したり、イベントや催し物をお知らせするような番組でした。私はスタジオでしゃべるだけでなく、さくら市のいろんなところに出向いていって、毎週、何人もの方にインタビューをしました。ただ、番組はスタートしたばかりで、地元の方は私のことを知らないし、私もさくら市のことを知らない。

だから、受け入れてもらうために、私自身が地元の人や出来事に興味・関心、さらには愛情を持って、番組をつくるように努めていました。2年3ヶ月も番組を担当させていただいたのですが、故郷以上に知り合いも増えて、今でも交流を持たせていただいています。「仕事」という枠は完全に超えていました。さくら市が大好きになりましたから。

 

“自分をさらけ出した「63文字のハートレーター」は、ラジオパーソナリティとして、転機になりました。”

―「SA・KU・RA FM」で印象に残っている出来事はありますか?

番組内では「63文字のハートレター」というミニコーナーがありました。家族や友だち、恋人などに伝えられなかった想いを、63文字以内で書いて送っていただくという企画でした。さくら市が全国から募ったところ約2000通も届いたんです。2011年の震災後にカタチになったコーナーだったのですが、番組の中でもとても反響が大きかったです。毎週、私が3通選ぶのですが、選ぶ際は、毎回、2000通ぜんぶに目を通して、今の私の気持ちにフィットする作品を決め、さらにそれに合う楽曲もセレクトしていました。

また、届いたハートレターを、ただ読むだけでなく、その作品とリンクした私なりのエピソードや想いを交えてお伝えするように心がけたんです。なるべく自分の内面の深い部分をさらけ出すことで、一人ひとりの想いが詰まったハートレターに、より温度というか命を吹き込みたかったんですよね。その甲斐あってか、「いつもハートレターの時間になると洗濯物をたたむのをやめて聴き入っています」「このコーナーが始まると、営業車を止めて聴くようにしています」といった嬉しい声をいくつもいただくことができました。ラジオパーソナリティ人生において、確実に転機になったコーナーですね。


“聴く人に寄り添う、友だちのような距離感で語りかけることを意識しています。”

―素敵なお話ですね。熊谷さんがお仕事をする上で大切にしていることを教えてください。

情報を的確にわかりやすく伝えるということも大切なのですが、それであればアナウンサーでいいんです。ラジオパーソナリティという職業は、心を解放して、人間性をさらけ出し「この人だから聴きたい」と聴く人に思っていただくことが重要だと思っています。私が尊敬している「AIR-G’」の北川久仁子さんという方やキムタクも、とても近い距離で語りかけてくれるんですよね。まるですぐ側にいるかのように。

そんな友だちのような存在のラジオが大好きですし、語りかける立場になった以上、その距離感はつねに意識していたいと思っています。だから私、原稿に「みなさん」と書いてあっても絶対にその通りには読みません。必ず「あなた」と置き換えます。ちょっとしたことですけど、そういう小さな積み重ねで、届くか届かないかが変わってくると思っています。

―他にもありますでしょうか?

人としてキラキラしていたいですね。大学時代に「AIR-G’」の北川久仁子さんの番組を聴くと、嫌なことがあっても、いつの間にか元気になれていたんです。なにか特別な話をされるわけではないのですが、その声にエネルギーが溢れていて、こんな人になりたいと今でも憧れています。

ただ、つねにエネルギッシュでいるというのは難しいことでもあるのですが、日常の中にある小さな幸せに気づけるようにしておくことで、落ち込んだりしても、元気を取り戻すキッカケがつかみやすくなると考えています。声の情報量は膨大なので、ネガティブな感情はすぐに聴く人に伝わってしまいますからね。

“人生は千差万別だから。「人」の声に耳を傾けて、その人ならではの魅力を引き出していきたい。”

―最後に、熊谷さんの今後の目標を教えてください。

2018年4月から6月まで「ソラトニワ原宿」というインターネットラジオで3時間の生放送番組を担当させていただきました。その番組内で、1時間を使って「ひと」というインタビューコーナーを企画。私が会いたい様々な分野の人をゲストにお招きして、まるまる1時間、その方の仕事観や人生について話を聞かせていただきました。

私、ラジオパーソナリティという仕事をしているせいか、よく誤解されるのですが、話すよりも、人の話を聞く方が得意なんです。どんな人にも、その人なりの魅力的なストーリーが必ずあるので、聞いていてわくわくするんですよね。ですから、これからもラジオを通して「人」の魅力を引き出して、伝えていきたいですし、そんな番組を全国区で持てたら、嬉しいです。

 

 

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〈取材・文:寺門常幸(@tera_tsune)/撮影:砂田耕希〉

 

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